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演劇の言葉はどこからくるのか

演劇は、昔はほぼ口伝だっただろう(書くのはコストがかかる) いまは、基本は、書き文字が先にある。その上で3次元化する。書き言葉の活動なのか、話す言葉の活動なのか。話すことを前提にしているから身体的なものなのか。日本語はとくにわからない ふっしぎーだなー(記事終わり)

日本のヒップホップが地味

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 YouTubeでヒップホップらしい動画などを流していたら、武道館らしい映像もでてきて、音楽はいいが、なんか地味だ。大人数を集めている大規模なフェスの映像もあるが地味だ。海外のヒップホップは真っ暗もあるけどド派手もあるような。  地味なのは、ダンサーさんがステージにいないからか。ダンスミュージックじゃないのか? なぜ大きい会場でもいないのか? 武道館てかなり成功していミュージシャンだ。たんに映像が公開されていないだけで、ライブにはダンサーがいる曲もあったのだろうか。  ミュージシャンとダンサーで分断してそう。トラックメイカーとラッパーの人脈はあっても、ダンサーとは単純に知り合いが構築されていない?とか? 体育の授業でヒップホップなんかやるからだ。あれはダメだったわ。ヒップホップは運動じゃなくて音楽だっつーの。日本のダンス界隈がそもそも体育会系にのっとられているのだろうか  純粋にお金の問題なのか。いるのに映像は出せないならそれもお金の問題。  ひらたくいえば、ヒップホップに、もう少し派手になってほしい。ストリート系であるから、衣装は限界がある。いかつくなって、みんなが金のネックレスや指輪や腕輪やベルトをしてほしいわけではない。  ダンサー、ダンスをする人は、そこにいても全然おかしくない、むしろいてほしい。ダンスはバンドメンバーと同じだ。身体で音楽を表現する。ヒップホップで音楽を作る人は、MCをいれるなら、ダンサーも要素に加えて欲しい。  ヒップホップというジャンルが、もう少し明るくなって、テレビや一般的になってほしい。ふつうのフェスにまぎれてほしい。(MVは意外と太陽の下の映像が多いんすけどねえ、ライブは真っ暗だな?) 2015年とは?? もっと前じゃねーの??

『黄泉のツガイ』が面白すぎて震える

  原作の単行本の発売が始まってから、いつから、どのように、買うべきか、と悩んでいるあいだに、当然だが、アニメがはじまった。アニメになる分の巻数を待っていた、とも言える。  ぜったい、かならず、ものすごく、ぶっちぎり、に面白いだろうな、とは思いつつ、「光と闇」の二元論ネタ、というので、ほうほうなるほど、そういう伝統的なものをやるんだなあ、なんて、なにかわかったようなことを頭のどこかで思っていたら  面白すぎて震える。  第1話からずっと面白すぎて、震える……!!  圧倒的な面白さ、回を重ねるにつれても、一瞬も失速しない。おいおいずっとその調子でかっ飛ばして行くの??と戸惑う間に、もう半クールだ。  天才、あっとうてき天才。ぐんぬきの。  もうなんの仕事をやっていても、このひとはどの分野にいっても、秀でた業績を残したと思うよ、なんていいたくなるくらい。  豪華すぎるかよ!、な声優さんたちもみんなすごいし。すごすぎるわ。そして随所かかわいすぎるしかっこよすぎるし、作者の趣味が全開だし。  日本人でよかった、現代に生きて、アニメファンで、漫画も好きでよかった。  原作を、なにで買う問題はある。単行本は小さいんだよな。。最初からでかい単行本もでたらいいのに。

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  改行がないじゃん! と気付いた。Bloggerは癖が強い。強すぎるよ(記事終)

皮膚科へいった

 皮膚科にいってきた。自分の手のあれは、治ったようにみえる状態から2ヶ月は維持して、やっと治ったことになるらしい。よくなっていたのに戻ってしまったので、リセットボタンを押した状態。これから最低3ヶ月はかかるってよい Ich war beim Hautarzt. beim 前置詞beiと定冠詞demの融合形 ひー。(記事終)

川端康成の小説は内容がまじで腹立つ

 川端康成の小説は文章が超絶にうまくてすごいけど、内容がまじで腹立つ。イライラするので、結局最後まで読めない短編があった。文章は面白いけど、面白さより内容のイライラ成分が上回ってギャーーー(記事終)

Bloggerの利点は広告とアナリティクスの連携がさすがに簡単であること

  Bloggerの利点は広告とアナリティクスの連携がさすがに簡単であることだ。多分。自分で設定したのかもしれないが、何も覚えていない。ただしアクセス数が少ないのであまり仕事をしていないことにもなる。  このブログ、文字数カウントとかも当然でてこない。自由だ! 俺は自由だ! なのか?(記事終)