コンピューターおばあちゃん論争
「コンピューターおばあちゃん」論争にびっくりした。
- コンピューターのような博識のおばあちゃん
- コンピューターをばりばり使いこなすおばあちゃあん
- コンピューター化されたおばあちゃん
たとえば「ロボットおばあちゃん」だったら、ロボット化されたおばあちゃん、おばあちゃんはロボット、という発想になるかもしれない。
教育テレビで、そういうアニメがあった「わしも/WASHIMO」2010年代の後半(NHKのサイトはこれしかないのか)。クドカン原作。たまに見かけるくらいだったが、けっこう面白かった。ふふふ。これはコンピューターおばあちゃんからのインスパイアの一種なのかな、と勝手に思っていたが、そんな記述を見た記憶もない。
博識であることの暗喩、というのも、ぜんぜん考えたことがなかったし、コンピューター化されたおばあちゃんも想像したことがなかった。
家庭用ロボットといえば、ドラえもんまたはロビタである。ロビタは手塚治虫の作品にでてくる。最近の現実のロボットをみていると、かなり近かったなと思ってきている。ドラえもんはまだはるかな未来かな。
楽曲はYMOなんで(というこども認識)、ドラえもんと同様に、そういうぴこぴこな未来へのイメージに一役買っている。